麻布大観音がある曹洞宗大本山永平寺別院 長谷寺の公式ホームページです。

長谷寺blog

大衆法話

七月一日より十日まで晩課盂蘭盆施食会に引き続いて、連日、三、四名の修行僧が、山内の僧侶、お参りの方の前で法話を発表する「大衆法話」が行われました。それぞれが仏祖の教えに出合い救われた体験を話してくれました。その中から、二名の法話を掲載いたします。

坐禅の心で
      辦事 大田 大玄
私はこれまでの人生で、自分が面倒臭いと思うこと、苦手なこと、新しいことに挑戦すること、いわゆる人として成長してゆく為に必要不可欠な「試練」から逃げて生きてきました。
そんな私でしたが、大本山永平寺別院長谷寺専門僧堂に安居したことで、これまで逃げてばかりだった自分の弱い心と真剣に向き合うことになりました。
長谷寺に上山したばかりの頃の私は、正座が出来ず、朝起きるのも辛いし、覚えることばかりで心身共に余裕がなく、二週間も経たないうちにもう帰りたいと思いました。師匠にも相談しましたが、「今までの人生逃げてばかりだったのだから、もう少し頑張ってみろ」と、帰ることを許してはくれませんでした。
その後も毎日が辛く、やる気が起きず、「帰りたい」一心でした。公務にも気持ちが入らず、その場しのぎの修行の日々が続きました。
そんなある日のことです。ある役寮さんから呼ばれ、「今度の夏制中、辦事として首座和尚さんの手助けをやってみないか」と言われたのです。私は「なぜ自分が?」と言う気持ちで大変驚きました。とても私には務まる気がせず、再び逃げたい気持ちが沸き起こってきました。私は、悩みました。逃げ出したい気持ちと、もうこれ以上は逃げてばかりいられない気持ち。ここで逃げたら一生後悔するのではないか?との思いが入り交じっていたのです。
そして私は数日悩んだ末、覚悟を決め辦事を受けることにしました。強制的に入れられた長谷寺でしたが、嫌々ながらも二ヶ月なんとか逃げずに努めてきたことが僅かな自信になったのでしょうか?逃げようという気持ちよりも、やってみようと言う気持ちが勝っていました。
修行にきてから初めて読んだ本の中に、坐禅の心について「善い、悪いとか、好き、嫌いなどのはからいをやめること」とありました。
私はこれまで困難なことに出合うと逃げてばかりいました。しかし、長谷寺に来たことで半ば強制的ではありましたが、嫌なことから逃げずに、向き合うことが出来ました。
 今は辦事として、修行僧のリーダーである首座和尚さんの補佐をさせて頂いています。到らぬ自分ではありますが、与えられた役に全うすることで、充実した修行生活を送ることが出来ています。
これからは、自分に与えられたことから逃げず、好き嫌いを言わず、何事にも向き合って行きたいと思います。

  本当の修行
菜頭 昆 龍平  
長谷寺に修行に来たばかりの頃の私は、それまでとは全く異なる生活に大変戸惑いました。早起きを初めとする生活のリズムの問題は勿論のこと、寺の生まれでありながら殆ど仏教に触れることなく過ごしてきたことで、修行生活に中々慣れることが出来ませんでした。
時が解決してくれるとも思っていましたが、日が経つにつれて周りの同安居(同級生)よりも生活に慣れることが出来ずに自分だけが遅れをとっているように感じ、「自分は本当に仏道修行に向いているのだろうか?」と大変悩みました。日に日に不安が大きくなり逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。
そんな中、どん底の私を救ってくれたある教えと出合いました。その言葉は、私たちが毎朝読み上げる「箴(しん)規(ぎ)」という、私たちが修行生活を送る上で指針とする規則の中にある『威儀即仏法(いいぎそくぶっぽう)、作法是宗旨(さほうこれしゅうし)』という教えです。この教えは日本曹洞宗の礎を築いた大本山永平寺御開山、道元禅師の教えの旗印とも言うべきお示しです。日常生活の立居振舞の一つ一つが仏法を修めることで、教えに則って行じて行くことが修行に他ならないのだ、ということです。
法衣をきちんと着ること、作法に則って顔を洗い、歯を磨くこと、合掌をする時は合わせた掌の中指が鼻の高さになるようにすること、歩く時は背筋を伸ばし、足音に気をつけて歩くこと、お経本の持ち方や食事作法等々、日々の一挙手一投足を仏法に則って気持ちを込めて行うことが仏道修行だったのです。
この教えに出合う前の私は、修行生活に慣れないばかりか、配属された典座(てんぞ)寮での食事作りを始め、毎日新たに与えられる法要等での役割の所作を覚えることや、日常読誦するお経を諳んずることなど、多くのことに追われ頭が一杯で、今自分は一体何をすべきなのか、何から始めれば良いのかわからず途方に暮れ、万事に気持ちが入っていなかったのです。
しかし、教えに出合い、修行とは何も特別なことではなく、目の前のこと一つ一つに気持ちを込めて行ずることだと知り、心が軽くなりました。そして、実践することで次第に修行に対する意識が変わっていったのです。ゴチャゴチャしていた頭の中がスッキリと整理され、やるべきことが明確になったことで今では意欲的に修行に取り組めるようになりました。
勿論、未熟な私には僧侶として覚えなければならないことが山のようにあります。しかし、それらを覚え習得することだけが仏道修行ではなかったのです。『威儀即仏法、作法是宗旨』、日常の中にこそ仏道修行があるのだということを肝に銘じて、これからも修行に励んで行きたいと思います。

古参研修記

藤本 雅史
 六月二十八日から二泊三日の日程で福井県にあります「大本山永平寺」での研修を中心とした古参研修に行ってきました。
 私自身、昨年の古参研修や本山の授戒会にも参加させていただいており、本山に伺うたびに大きな刺激を受けてきましたので、今回も拝登することを心待ちにしていました。
 本山に到着してすぐに、承(じょう)陽(よう)殿(でん)(御開山・道元禅師をお祀りしている御殿)で道元禅師の月命日(二十九日)の逮夜の供養、献湯諷経に随喜し、道元禅師のお膝元での供養に参加できたことに感激し、とても貴重な体験となりました。
 また、今回の研修で新たに感じたことがあります。それは、永平寺内を歩いていると、本山の修行僧と会う度に、その修行僧が足を止め、または手を止めて深々と私たちに合掌低頭してくださりました。
 どこで会っても、皆同じように深く低頭してくださり、徹底されておりました。
 私が修行させていただいている永平寺別院長谷寺でも、入門してすぐにそのことを教えられます。しかし、私も三年目になり、おろそかになっていることに気づかされました。
 廊下で役寮さんや大衆に会っても、歩きながら低頭したり、簡単な会釈をしたりと適当になっていたと思います。
 永平寺別院長谷寺の箴規に「大己(先輩の僧)と逢わば、すべからく合掌問訊を怠ることなかれ」とあります。毎日目にしているのにそのことを怠っていた私自身とても恥ずかしく思いました。古参になり、気が緩んでいたことを自覚し、初心に戻って修行に励んでいこうと心に誓いました。
また、回廊(永平寺の各お堂をつなぐ廊下)清掃にも参加させていただきました。小食(朝食)が終わってすぐに作務衣に着替え、長い廊下を走って最上段の法堂まで登り、下段に向かって雑巾がけをします。階段や長い直線のある永平寺の回廊清掃は肉体的にもとても厳しく、すぐに息が上がってしまいます。そんななか、永平寺の修行僧は毎日、嫌な顔をせず只管に床を拭き続け、それは終了を告げる号令があるまで続きます。そんな永平寺の修行僧の眼はとても力強く輝いてみえました。
 御開山、道元禅師の教えに「修証一等」ということばがあります。只管に修行に打ち込んでいる姿が、そのまま悟りの姿であるというお示しです。作務も坐禅同様、好き嫌いをいうことなく、その時間只管に行じていく。その姿が、尊い仏の姿である。
 今回の研修で、改めてそのことを感じるとともに、これから自分自身がどのように修行をしていけばいいのかを考える良き機会になりました。初心を忘れずに精進してまいります。

伊藤 竜紀
 六月下旬、大本山永平寺・小浜へと研修旅行に行かせていただきました。
 永平寺に到着して、直ぐに威儀を調え、承陽殿での道元禅師の月忌献湯法要に随喜いたしました。偶然にも、昨年の八月に新到(一年目)研修で訪れた際と同じ法要です。一年前に訪れたときには勝手もわからず右往左往しながら、唯々緊張の内に終わってしまいましたが、二度目となる今回は少しゆとりをもつことができ、本山の大衆の読経の声に耳を傾けながらお経を合わせたり、合掌や礼拝を丁寧に意識したりと、一年前の自己との違いを感じることができました。
薬石(夕食)をいただいた後は僧堂外堂での坐禅。長谷寺での坐禅と違い、空調設備のない坐禅。外界の人の声や車の走る音がない坐禅。代わりに聞こえてくるのは時折鳴く虫の声、鳥の声、草木が風に揺れる音。何も感じないのではなく、何もないということを感じ、また、何もないと感じる中にも、多くの何かが存在しているということ。ただ坐るという一点においては、場所や環境に左右されることなく何も変わらないのだということ。坐禅を終えた後、ふとそんな思いが湧いてきました。
 その思いは、翌朝の朝課や小食、回廊清掃でも同様に感じ、坐禅だけでなく、仏道修行の根本の部分は不変なのだと思いました。
 二日目には小浜に向かい、明通寺、神宮寺、羽賀寺などの古刹のお寺に拝登いたしました。
 それぞれ幾たびかの焼失に見舞われながらも、その度に再建され、数百年そこに在り続けたということをお伺いする中で、それぞれのお寺の歴史、また時代は変われども、そこにいる人びとの信仰の深さが伝わってきました。
 特に、神宮寺では創建当時から神仏両道を祀っているという説明をご住職からお聴きし、日本人の古来から続く宗教に対する寛容さ、和合、和恭を重んじる仏教の奥深さを感じ取ることができました。
この度の研修旅行で、本山に伺うのは三度目だったのですが、その度に違う感覚を覚えます。
 きっと、日常長谷寺での修行生活をする中で、私自身変化していく思いや悩みが、そのまま現れているのだと思います。
 しかし、先にも記したように、ただ行じていく、ただ坐るという一点においては何も変わることなく不変である事も同事に感じることができました。
 思いを手放して、ただただ行じていく。日頃頭ではわかっているつもりでも、なかなか実感できなかったことが少しだけわかったような気がいたします。
 このような気付きのご縁をいただけたことに感謝し、今後も日々弁道精進してまいりたいと思います。

寿餅について

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曹洞宗門に伝わる正月の作法に「寿(じゅ)餠(びょう)」があります。これは、自らのお師匠さんや、仏道を歩む上でお世話になった参学の師に対して、福寿長久を祈って一重ねのお餅を捧げることです。夫々の自室の浄所に「龍天軸」といって、僧侶の守り神である「龍天護法大善神」と「白山妙理大権現」の名の書かれた軸を掛け、その正前に、修行僧が修行道場を渡り歩く際にお袈裟など大事なものを入れて携行する「袈(け)裟(さ)行(こう)李(り)」を安置し、その前に一重ねの餅を供えます。
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三箇日はその前にてお経を挙げ、お師匠さん始め、参学の師の法身堅固・福寿無量・諸縁吉祥を祈り、四日目に師の寺に年賀拝登してその寿餠を奉呈します。但し、遠方であったり、諸事情によって訪ねることが出来ない場合は、その餅の一部分を賀状と共に郵送するのが習わしです。

長谷寺新到研修~参加者感想文~ 28年8月28,29日

平成28年8月28,29日と毎年恒例の本山一泊新到研修に行って参りました。新到和尚16名、特殊安居者2名、参禅者2名を勝田悦事、小坂真事が引率し、初めに長野の善光寺をお参りし、本山で一泊参禅、そして、翌日は彦根城、湖東三山を参拝しました。※以下は研修参加者の感想文
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池田光英
新到研修でご本山永平寺へ拝登して特に印象に残っているのが、諸堂拝観で回った法堂と仏殿の柱に掲げられた「誦経宜中㝡禁高聲勵聲」の聯です。「誦経は宜しく中音なるべし、最も高声励声を禁ず」と読み、「お経を読む時は中音で読み、高い声や、大きな声で読むのは最もいけない」と読経時の注意が示されています。
私は上山したての頃、役寮さんや、古参和尚さんから、読経の際の声の大きさや高さについて度々注意を頂きました。当時の私は、単純に声の大きさのみを考えていて、周りの声を聞いて皆と合わせることなど全く考えていなかったのです。
永平寺の朝課では二百名近い僧侶が一同にお経を読んでいるにも関わらず、その読経が「一つ」になっていました。誰か一人が目立つこともなく、一人ひとりが周りの声をよく聞いて皆に合わせているのでしょう。
本山の大衆の読経を聞き、改めて自分のお経の読み方を見直さなければと思いました。聯にあったお示し、「誦経宜中㝡禁高聲勵聲」を忘れることなく、大衆一如、乳水の如くに和合して、今後の修行に励みたいと思います。
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森脇浩学
 私が大本山永平寺を訪れるのは、今年四月下旬に行われた授戒会に参加して以来、二回目のことです。授戒会での一週間は、色々なことを学び、体験したわけですが、最も印象深かったのは、前面で諷誦しておられた僧侶や修行僧の凛とした姿や清楚な威儀、礼儀正しい姿であり、憧憬の念を抱かざるを得ませんでした。
 この度の研修は、私の立場が違って、出家の僧となって訪れたことから、授戒会とは異なる意義深いものでした。特に僧堂での坐禅や応量器展鉢(食事)は、緊張もしましたが、それ以上に大本山永平寺ということで大変嬉しく、高揚しました。
 また、引率役寮さんの案内と説明で七堂伽藍を回り、僧堂だけではなく便所や浴室が何故修行道場と位置付けられているのかを知ることが出来、修行僧としての自覚のようなものが芽生えた気がします。
 今回の研修では、本山の修行僧のきびきびとした礼儀正しい振舞い、自信を持った動きなど、その琴線に少しでも触れることが出来、今後の私の修行の糧となりました。
私は高齢ではありますが、永平寺の若い修行僧には負けない意気込みを持って、この大本山永平寺別院長谷寺において、日々の修行に打ち込み、高祖道元禅師様のお示しの如く、「ちからをもいれず、こころをもついやさずして、生死をはなれ佛となる」よう精進して行きたいと思います。
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若月天海(裕己)
この度、念願かなって初めて永平寺を訪れることが出来ました。永平寺の七堂伽藍を悦事さんに案内して頂く中で、二つのことが印象深く残っています。
まず一つ目は、「浴室」あるいは「東司(便所)」についてです。どちらも使用するにあたっては他人への配慮を持つ必要があり、「沐浴する者千人なりとも、その湯浄きこと元の如し」であるような使い方をする、大事な修行の場であるのだと再確認させられました。浴室と東司は三黙道場に含まれ、ただ単に用を足すだけの場ではないと知り、いつの間にか作業と化してしまっていた自分のあり方を反省しました。
二つ目は、仏様を祀り祈祷する仏殿の説明の中で出て来た、「第二の矢を受けない」という仏教の核心を衝く言葉です。私はこれまで、世界の平和や安寧を祈る法要に意義を見いだせず、必ずしも思い通りにことが実現しない有りようを見て、「仏教は結局無力なのではないか」と感じることもありました。しかし、悦事さんの説明を受けて、確かに自然災害などの前では無力だが、そこで苦しみを受けた後、混迷に陥らないために仏教があるのだと知り、今までの疑念が晴れるような思いがしました。このことは、行きのバスで見た事前学習の映像の中で宮崎禅師が仰っていた、「自然をコントロールしようとするのは、人間のおごりである」という言葉にも通じていたように思います。
今回の研修では永平寺についてだけではなく、仏教に関しても理解を深めることが出来ました。今後、師寮寺に帰ってからもさらに研鑽を続けて行きたいと思います。
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青蔭鴻慈
 私は以前、永平寺の参禅研修に一般人として参加したことがありましたが、今回は一僧侶という立場にて研修に参加するという有難いご縁を頂きました。
 役寮さんに永平寺を案内して頂く中で一番印象に残っているのは、仏殿の欄間にある「拈華微笑」の話です。これは、お釈迦様から摩訶迦葉尊者に法が伝わった時のエピソードで、「以心伝心」(心を以て心を伝える)という、禅宗で師匠と弟子の関係が重んじられる所以を知ることが出来ました。
 研修では、以前の参禅研修の時とは違い、衣を着、袈裟を掛けての坐禅、朝課、行鉢への随喜は、すべてが新鮮で、文字通り喜びの心を持って参加することが出来ました。また、廻廊掃除への参加は、修行していることを実感できる良い機会でした。本山の修行僧のきびきびとした動きを見ていると、毎日の積み重ねが姿、形にあらわれていると感じました。私もそうなれるよう日々精進したいと思います。
 今回、長谷寺に参禅という形でお邪魔させて頂いているにもかかわらず、新到研修にまで参加させて頂き感謝の気持ちで一杯です。この貴重な体験を、これから仏道を歩む上で生かして行きます。有難うございました。
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阿部泰伸
 開け放たれた障子の外から秋の虫の音が聞こえる。遠くでふくろうの鳴く声が聞こえる。微かにせせらぎの水音も聞こえる。
 幽玄な深山で只一人で坐っている感覚に落ち入ってしまう。
 微かな僧堂内の人の気配で我に帰る。
 「今私は大本山永平寺で坐っている。約八〇〇年前に道元禅師が開かれたこの地で、多くの修行僧によって綿綿と続けられて来た坐禅を今自分も行じているのだ。」という感動が沸き起こって来ました。
 思えば四年前、仏道を歩む決心をして前職を辞した直後にこの地を訪れた時は、まだ得度の見通しすらない不安だらけの毎日でした。壮大な伽藍に圧倒されながらキビキビと動く修行僧を見て、「自分もその一人となる時が来るのだろうか?」と思うと同時に、再びこの地を訪れる時は、「必ず僧侶となってから来たい」と思っていました。
 その後、駒澤大学仏教学部に編入学し、仏縁によって得度を受け、この度、永平寺別院長谷寺の新到研修の一員としてこの永平寺へ来ることが出来たのです。
 しかし、感動もつかの間、自分に甘えることの多い今の状況に、「これでいいのか」という反省の気持ちが沸いて来ました。もう一度、仏道を目指した頃の初心に帰って気を引き締めなければと切に思います。
 本山の小林監院老師から「正法の敷衍」というお話しがあり、「世界中で坐禅を行じている仲間がいる。一体となって世の中を良くして行こう。」とのお示しを頂きました。
 現に長谷寺で出会った素晴らしい仲間と共に毎日修行に励んでいます。この輪を少しでも大きくして行きたいと思います。
 光陰が虚しく過ぎるのではなく、人が光陰を過ごしているのだという道元禅師のお示しがあります。これからの修行生活は一日一日を大切に、初心を忘れること無く精進して行きたいと思います。
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ハララン樂禅
 新到研修でまず訪れたのが、長野県の善光寺です。私の実家がある山梨県の善光寺に数年前に行ったことがあり、長野の善光寺にも行ってみたいと思っていたのでとても楽しみにしていました。
 善光寺の特徴の一つに戒壇めぐりがあります。山梨の善光寺にも同じく戒壇めぐりがあり、私は義父と共に暗闇を進むことになりました。少し進んだところで私は、あまりの暗さと恐怖心から、前を行く義父の肩を「グッ」と掴んでしまいました。すると義父は私の方を振り返り、自分の胸を「ポンポン」と叩くようにして、胸に手を当てています。私はその義父の仕草が薄っすらと見えました。義父は無言で「心をつかいなさい」と私に示してくれたのです。
 永平寺に向かうバスの中で、あの戒壇めぐりの暗い廊下はどういう意味か考えました。暗闇は、人生に迷って自分の進むべき道がわからない、迷いの世界を表しているのではないでしょうか?私は時々この人生に迷って自分の前の道がはっきりわからなくなることがあります。そういう時こそ、義父の言ったように自分のこころを頼りに歩むことが大切なのだと思いました。
 永平寺には数年前に行ったことがありましたが、今回は永平寺別院長谷寺の雲水という今までとは違う立場での拝登となりました。しかし、私たちは一般の参籠者と同じ場所での宿泊でしたので、永平寺の雲水の毎日の修行の様子ははっきりとはわかりませんでした。ただ、お経の読む速さ、作務など生活のペースは速いと感じました。特に廻廊掃除は速くて賑やかで、私にとっては大チャレンジとなりました。
 そして、何よりも一番心に残っているのが朝の坐禅です。あの時、僧堂の中と周りは非常に静かでした。そして、お寺の外からの音はとても平和だと思いました。山の小川の音、キツツキの朝の挨拶は、「私たちは今、東京にいない」と感じさせてくれました。私は紛れもなく「ここが禅の専門道場として一番良いところ」と感激しました。
 今私は長谷寺に戻り日々修行に取り組んでいます。ここでの朝の音は、キツツキと山の小川の音ではなく、すぐ近くを通る六本木通りの音がよく聞こえます。周りは高い杉の木ではなく、富士フイルムのビルと他の都会のビルが沢山あります。ここの空気は永平寺の深い山の空気ではありません。私はたまにここが息苦しいと感じています。山奥のお寺は都会にあるお寺より禅の修行のためには良いでしょう。正直に私は自然の生活の方を好んでいます。
 でも、修行に向かったら両方は同じだと思いました。どこにいても坐禅は同じ坐禅です。そう思えたのも、今回の研修で道元禅師様のお膝元、ご本山永平寺で坐禅を組むことが出来たからです。この思いを忘れず、長谷寺での修行に励み合いたいと思います。永平寺にはまた是非機会を作って行きたいと思います。
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長谷寺団参報告記~大本山永平寺参拝と北陸の旅~

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悦事兼参事 勝田岳芳      
四月二十五日、二十六日と一泊二日で長谷寺の団参旅行に行って参りました。本年は久しぶりの大本山永平寺の参拝ということもあり定員一杯の多くの方々にご参加頂きました。
一日目は朝七時に東京駅に集合し、新幹線(米原経由)で福井へ向かいます。まずは永平寺門前のお食事処『井の上』で永平寺そばと精進料理の昼食を頂き永平寺へ上山しました。
四月下旬の永平寺は新緑が綺麗で、参道を歩いているだけで清々しい気持ちになります。一歩中へ入れば本山は授戒会の真っ只中、全国から参集した沢山の方々で大変賑わっています。長谷寺団参は到着後すぐに永平寺の雲水さんより諸堂の案内をして頂きます。自らの体験を含んだ雲水さんのお話は興味深く、団参一同真剣に耳を傾け興味津々です。また案内の途中、永平寺の一番高い所に位置する禅師様の御住まい『不老閣』の相見の間にて、ご本山の監院老師とお会いする機会を頂けたのです。中々入ることの出来ないお部屋でお茶の接待を受け、皆恐縮しきりでしたが大変貴重な時間になりました。続いて場所を祠堂殿に移して、ご先祖様の供養の法要へ参加です。別院とはまた違った雰囲気での読経に、皆背筋をピンと伸ばして手を合わせてお参りされていたのが印象的でした。永平寺での滞在時間はほんの僅かではありましたが、ご本山の空気を充分に感じて頂けたのではないかと思います。
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永平寺を後にし、次に向かったのは福井県の新たな人気スポット『福井県立恐竜博物館』です。恐竜だからといって子供向けだろうと軽く考えていたら大間違い、43体にも及ぶ原寸大の全身骨格や忠実に再現されたジオラマに気付いたら団参一同夢中になって見入っていたのです。確かに子供だけでなく大人も楽しめるというのも納得の博物館でした。
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夕暮れが近づき、車窓から福井ののどかな田園風景を眺めつつ本日のお宿、芦原温泉『グランディア芳泉』へと向かいます。到着してまずは温泉に入り一日の汗を流し、温泉で疲れを癒して、それから宴会です。今日一日一緒だったとはいえ、初対面で中々お話をする機会がなかった人たちとも楽しく歓談することが出来、それぞれに親睦を深め合いました。
二日目は一路能登の入口羽咋市へ向かいます。初めに訪れたのは瑩山禅師が開山、そして示寂の道場でもある『永光寺』です。永光寺は一三一二年に修行道場として創建された曹洞宗発展に欠かすことの出来ない古刹です。法堂背後の山上にある『五老峰』は如浄禅師、道元禅師、懐奘禅師、義介禅師、瑩山禅師の遺品が埋葬されています。法堂にて拝登諷経をあげ、その後はご住職より丁寧かつユーモアたっぷりのご案内を頂き、階段を上り法堂の裏にある『伝燈院』、そして更に山を上って『五老峰』までお参りさせて頂きました。永光寺は今回のようなお寺のツアーでなければ中々行くことはないお寺ですから、非常に貴重な経験になりました。
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昼食は『千里浜』で海鮮丼と氷見うどんを頂き、車で走れる砂浜『千里浜なぎさドライブウェイ』を走って金沢を目指します。
金沢ではまず『ひがし茶屋街』にて情緒たっぷりの街を散策し、純金箔製造処『箔座』本店にて箔打ちの実演や、製造工程を見学し、最後に金沢の台所『近江町市場』を散策しました。北陸新幹線が開通し、賑わいを見せている金沢とあって、どこも活気に溢れていました。晴れ空の下、都会の喧騒を離れ心地よい春風を感じながらのぶらり散歩は、自然とゆったりとした優雅な気持ちにさせてくれます。
しかし、楽しい時間はあっという間で、これにて二日間満喫した北陸の旅も終わりです。満足感と淋しさが入り混じりながら北陸新幹線に乗って東京へと帰って参りました。
今回の二日間の旅では、普段お寺にお参りに来られてもゆっくりお話をすることが出来ない方々と、限られた時間ではありましたがそれぞれにお話しが出来、本当に楽しい有意義な時間を過ごすことが出来ました。ご参加下さった皆様に心より感謝申し上げます。また次回も多くの方にご参加頂き、共に楽しい旅行が出来ますことを願い、この度の団参旅行の報告とさせて頂きます。

新到研修記

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参事兼悦事 勝田 岳芳 
 八月二十日、二十一日と平成二十六年秋、二十七年春に上山した新到和尚十七名を典座和尚と共に引率し、ご本山へ新到研修に行って参りました。
出発前の新到和尚の表情は、初めての泊りがけでの研修ということで心弾む気持ちと、本山での修行に対する不安な気持ちとが入り混じり何とも複雑な様子です。
五時十分に法堂前で道中安全諷経をあげ出発し、途中、富山県高岡市にある曹洞宗の名刹、瑞龍寺を参拝させて頂きました。瑞龍寺は禅宗寺院建築の特徴である七堂伽藍(山門・仏殿・法堂・僧堂・庫院・東司・浴室)が整っており、中でも山門・仏殿・法堂は国宝にも指定されています。住職様よりご丁寧な案内を頂きながら、整備された伽藍を拝観することが出来、大変貴重な体験となりました。
瑞龍寺を後にし、一路永平寺を目指します。新到和尚の顔は永平寺が近づくに連れて緊張の面持ちへと変わって行きます。永平寺に到着し一歩足を踏み入れた時の感動は筆舌に尽くし難く、深山幽谷の荘厳な雰囲気に胸が熱くなりました。
大衆を引率し受付を済ませると、薬石(夕食)までの間は諸堂案内の時間です。通例では本山の大衆に案内を頂くのですが、本山修行時代の経験を私の言葉で別院の大衆に伝えたく、私たっての希望で案内を務めさせて頂きました。
永平寺もまた瑞龍寺と同じく七堂伽藍が整っています。七堂伽藍は坐禅をしている姿に準えられ、法堂は頭、仏殿は心臓、僧堂は右腕、庫院は左腕、山門は腰骨、東司は右脚(膝)、浴室は左脚(膝)に当たります。案内の中で僧堂と庫院が向かい合っている意味(法食一等・理想を表す法と実存を表す食の両方が整ってこそ修行が成り立つ)や、東司(便所)・浴室が修行道場として七堂伽藍に含まれ、尚且つ坐禅を支える両膝にあたる場所にある意味(誰も見ていなくても、気の緩みやすい場所でも、きちんと作法通りに行ずることが出来るかが問われている)などを、私の経験も交えながら話しました。新到和尚たちは、今自分たちが日々行じている修行と直結することとあって非常に熱心に耳を傾けてくれました。七堂伽藍は「坐禅や読経だけでなく、食事を作ること、頂くこと、顔を洗うこと、便所を使うこと、風呂へ入ること、眠ることすらも、二十四時間全てが仏の行である」と示された道元禅師の教えを具現した、修行に欠かすことの出来ない道場なのです。
諸堂案内が終わり薬石は、一般のお泊りの方が頂く作法を体験させて頂き、薬石後は入浴を済ませ、夜坐へと向かいます。
坐禅は僧堂の外単にて二炷坐らせて頂きました。別院より少し暗い僧堂に坐っていると様々な音が感じられます。静寂の中に聞こえてくる太鼓の音、虫の音、水の流れる音、途中降った雨音、刻一刻と移り行く外の空気が心地よく感じられ、新到和尚たちもいつもと違う環境の中、集中して坐ることが出来たようです。
翌朝は三時半振鈴、暁天坐禅、そして、法堂にて道元禅師、懐奘禅師にお参りをし、本山大衆と共に朝のお勤めに参加致しました。いつもより広い法堂で、いつもより大人数での読経に清々しい気持ちになりました。
小食は禅堂にて持参した応量器を用いて頂き、小食の後は廻廊掃除です。別院ではこの時間に伽藍内外の掃除を分担して行うのですが、本山では伽藍と伽藍を繋ぐ長い廻廊の雑巾がけを全員で行います。
別院の修行僧たちも作務衣に着替え、本山の古参雲水さんの指導の下、法堂から山門に向かって床に這いつくばるように雑巾がけをしました。予想以上の運動量に悲鳴を上げる者もいましたが、何とか皆無事に山門まで拭き上げることが出来ました。
永平寺での日程を終えると、帰りは金沢の温泉に寄って疲れを癒して長谷寺へと帰山しました。
今研修は、ただ行って来ただけにならないよう、帰りのバスの中では今回の研修で感じたことを一人ずつ発表する時間を設け、帰山後は気持ちの熱いうちにと、すぐに感想文を書いてもらいました。夫々の感想を見聞きさせて頂いた限りでは、新到和尚にとって有意義な研修であったと感じています。後は学んだことを別院での修行で実践し一人ひとりが変わって行くことです。その一助となれるよう私も共に精進辦道して行きますことをここに誓い、新到研修の報告とさせて頂きます。

新到和尚の感想文より

  • 本山研修ということで構えていたが、別院となんら変わらないことを行じていることがわかった。
  • 東司、浴室を使う時の心が坐禅やその他の修行にも影響して来ることを学んだ。
  • 庫院の聯にあった「法食同輪」という言葉を忘れず受処の公務を全うしたい。
  • 本山での修行を体験して感じたことは、道場はどこも同じだということです。自分の気持ち次第で僧堂生活は良くも悪くもなることに気づきました。
  • 別院と違いエアコンもなく、車のエンジン音や道行く人の話し声なども一切ない中での坐禅は、虫の音や川の流れる音など自然の音が心地よくいつもより集中して坐れた。
  • 東司に代表されるように、人が見ていない所でもきちんと行じられるかが大切だと思った。
  • 浴室にあった「浴みする者千人なりとも、その湯浄きこと元の如し」のように、自分さえ良ければではなく、常に自分以外に目を向けることが大事なのだと思った。

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諸堂拝観・坐禅
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道元禅師、懐奘禅師にお参り・廻廊掃除

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